
これは子供時代の思い出話。それは、極めて限られた世界の中の記憶。
強烈なインパクトを以て、私の脳裏に刻み込んでくれた。
一生、忘れないだろうね。うむ。
当時、弟のように可愛がり、遊んでいた友人がいた。その年下の彼を便宜的に「末吉」と名付けておこうかな。
この日、私と末吉は近所を散策していた。いつも通りだ。
すると何と、歩き慣れた道の端で、翁が自転車の下敷きとなっていた。恐らく、バランスを崩して倒れてしまったのだろう。危ないから自転車はおよしなさいませ。
妙に覚えているぞ。自転車のかごには、しなびた大根が一本……
私はびっくりして翁の側へ駆け寄り、自転車を起こして介抱した。
これまた妙に覚えているのが、
周りの大人がスルーしていくこと。確かに、大勢の大人がいたわけじゃないが……
いたわけじゃないけどさ、
何か声をかけてくれてもよかったんだぜ?……はっきり言って、怖かった。何が怖いって、みんながスルーしていく所へ近づくのが怖かった。それでも私は翁を放置したくなかった。
幸いにも翁に大きな怪我はなく、自宅もすぐ近所だった。私と末吉で翁を送ることに。
とは言え、翁はきちんと歩くことができなかった。まさか、だから自転車を使った……?
それにしても、この翁……相当に足腰が弱っている。自転車は危ないってば。
もう、本当に「よぼよぼ」だった。とにかく大根が哀愁を誘って仕方がなかった。
私と末吉で、翁に肩を貸した。
翁は自分で体重を支えることができなかったのだろう。重かったことを覚えている。
翁は言った。「悪いなぁ……本当に悪いなぁ……」
おぼつかない足取りの翁……危ないから、本当に自転車はおよしなさい。
翁は「うどん、食っていけや。うちの婆さんが得意なんだ」と言った。
だが私は「いえいえ。結構で御座います」と断った。
私の真似をするように、末吉も続いた。「いえいえ結構です」
……どうでもいいのだが、よく言ってくれたぞ。末吉。
ここで
「じゃあ、遠慮なく」などと言われたら、私の面目もへったくれもなかったわ。
翁 :「いいから。とにかく食っていけ。うちの婆さんのうどん、うめえから」
私 :「いえいえ。本当に結構ですから」
末吉:「本当に結構ですよ」
翁 :「本当にうめえから、食っていけ。うちの婆さん、
目が見えないんだがよ……」
私&末吉:
「本当に結構ですから!!」
翁の自宅へ到着すると、件の嫗が出迎えてくれた。「本当にありがとうね」
「目が見えない」などと言うから身構えてしまったが、普通に現れた。どうやら全盲ではないらしい……まあ、そうか。じゃなきゃ、
うどんは危険すぎる。もしかしたら、「すこぶる視力が落ちた」と言う意味で翁は言ったのかも知れない。
翁とは、それっきりだ。姿を見ることは全くなく、会いに行くことも別段なかった。
随分と歳を取っていたように見えたので、今はもう亡くなってるかも知れない。
ちなみに、私や末吉が住んでいた当時の自宅は、都営の平屋の団地だった。既に取り壊され、今はマンションとなっている。
もう、ここへ足を運ぶ機会も用事もないのだが。
遠い過去の記憶は朧気だが……色褪せない思い出は枚挙にいとまがない。
あの頃は泣いてばかりだったな。まあ、私は今でも泣き虫だが。
凡庸を極めんとする私だが……それでも、誰かにとって「特別な存在」となれたことには胸を張ろうか。もう、泣くのはおよし。でも泣いちゃう。めそめそ……
涙によって、枯れた情熱は再び息吹く。これが、生きてる証なのか。分からんけど。
疲れたら、人は眠る。そして、記憶だけが息づく……永劫に。ね。
↓ 押してくれてる人……ありがとう御座いますね☆
にほんブログ村
- 関連記事
-
スポンサーサイト
コメント
他人に無関心な人が増えている
きっとこのお爺さんも、KOHさんの事を優しい少年として、
いつまでも覚えていたかも知れませんよ。
それにしてもこういう状況を見ても誰一人として助けようと
しないってのはちょっと怖い事だよね。
2014/09/20 URL 編集
Re: 他人に無関心な人が増えている
いやいや……これを書きながら自分の未来を想像し、震えてしまいました。
私が倒れたとき、誰か助けてくれるのだろうか……なんて。
> それにしてもこういう状況を見ても誰一人として助けようと
> しないってのはちょっと怖い事だよね。
まあ、特殊な事例と思いたいが……割と「他人に無関心」な人が多いのは事実。確かに。
「袖振り合うも多生の縁」ではないでしょうかね。うむ。
( ̄^ ̄)ゞ☆
2014/09/20 URL 編集
うどん。
2014/09/22 URL 編集
Re: うどん。
おばあちゃんは普通に現れましたね。元気そうでしたw
ただ、かなり厳しい生活を送っていたのでは……まあ、都営住宅ですが。
うーん……食べておけばよかったかしら。おばあちゃんのうどん。
( ̄▽ ̄)ゞ☆
2014/09/22 URL 編集